私の撮った鉄道写真 別冊3-5 路面電車 玉電 (東急玉川線) 4 砧線         

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1969年1月 玉電 砧線 砧本村駅
デハ60形 No.62
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1969年1月 玉電 砧線 砧本村駅
デハ60形 No.62
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1969年1月 玉電 砧線
デハ60形 No.62
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1969年1月 玉電 砧線 砧本村駅付近
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1969年1月 玉電 砧線 吉沢駅
デハ60形 No.62
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06


1969年1月 玉電 砧線 砧本村-吉沢間
野川にかかる吉沢橋
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< 玉電 砧(きぬた)線の概要 >

東急玉川線は玉電とも呼ばれ、渋谷-二子玉川園間(玉川線 9.1Kkm)、二子玉川園-砧本村間
(砧線 2.2km)、三軒茶屋-下高井戸(下高井戸線 5.1km)の3つの路線を有していた。

砧線は当初は砂利採取線として建設された路線で、二子玉川園−砧本村間に途中駅が2つしか
ない全長2.2kmの短い路線で、玉電の支線として扱われていた。

渋谷-二子玉川園間はほぼ全線が国道246号線の道路上を走っていたため、この道路の上に
高速道路を建設することになり、渋谷-二子玉川園間と二子玉川園‐砧本村間は1969年5月
に廃止された。

三軒茶屋−下高井戸間は廃止されず、世田谷線と名称変更して今も存続している。



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